消えた「夢の翼」スペースジェット開発中止 三菱重工業「最新の技術と比べて競争力が低下」 (23/02/07 15:13)

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ポータルサイトとはサイト紹介サイトでどんなコンテンツがあるのか

ポータルサイトとはインターネットにおける入り口のような存在で、一言でいえばサイト紹介サイトと説明できます。
現在のインターネットは、検索エンジンにアクセスしてキーワードで検索したり、SNSなどの投稿からリンクを辿って特定のページを開くといったアクセス方法が主流です。
ポータルサイトとはSNSがまだなかった時代に誕生したもので、例えばカテゴリ別にサイトを分類して紹介したり、リンクの掲載が行われていました。
リンクには、サイトの名前やどんなコンテンツを掲載しているかといった簡単な紹介が添えられており、クリックに応じてアップさせるカウンターが設置されているケースもありました。


ポータルサイトと一口にいっても、スタイルや掲載内容は様々でしたが、ウェブディレクトリと呼ばれる構造化されたリンクだったり、ニュースや辞書など様々です。
検索エンジンが顔のGoogleもかつてはポータルサイトだったといえますし、Yahooもポータルサイトとしての性格が強かったといえます。
今でこそ提供するサービスが多角化しており、単なるポータルサイトの括りでは説明できなくなっています。


現在ポータルサイトといえば、地域コミュニティーにおける地域別のコミュニケーションを提供する、プラットフォームを挙げることができます。
価値観が多様化する現代においても、同じ地域の人や同じ趣味を持つ人、同じ悩みを抱える人を求める傾向があります。
つまり、今のポータルサイトはそうした人達を繋げる存在、あるいは受け皿として機能しているといえるでしょう。


ポータルサイトの概念が一般的で通用していたのは、インターネットが大きな球体のようなイメージで、外から入って情報を手に入れる感覚があったからだと思われます。
インターネットが生活に溶け込みその一部となっている現在は、入り口にあたる存在がないので、ポータルサイトもまた存在感が薄まっています。
とはいえ、インターネットの初心者にYahooのようなサイトを紹介したり、使い方を説明するのは健在ですから、そういう意味では今もポータルサイトとして機能するサイトは健在です。

消えた「夢の翼」スペースジェット開発中止 三菱重工業「最新の技術と比べて競争力が低下」 (23/02/07 15:13)
「開発中止のMRJ(現スペースジェット)初飛行【アーカイブ】2015年11月11日」はコチラ⇒https://youtu.be/3M_HlYPFJjk

三菱重工業は、7日、愛知県豊山町などで進められていた国産初のジェット旅客機「スペースジェット」の開発を中止し、事業からの撤退を発表しました。東海地方を中心にものづくり産業の活性化に繋がると期待されていた中、各地の受け止めを取材しました。

 7日、三菱重工業は東京都内の本社で行われた会見でジェット旅客機「三菱スペースジェット」の開発事業からの完全撤退を正式に発表しました。

 「本日の取締役会でスペースジェット開発の中止を決定しました。開発を再開するに足る事業性を見い出すことができませんでした。多くの期待と支援をいただいたが、今般開発中止の判断に至りましたこと、大変残念であります」(三菱重工業 泉澤清次 社長)

 「スペースジェット」は当初MRJという名前で2008年から愛知県豊山町を中心に開発が進められてきました。

 しかし、6度の納入延期の末2020年10月、開発の凍結を発表していました。

三菱重工業「民間航空機への型式証明プロセスへの理解が不足していた」

 撤退の理由について次のように話しました。

 「一定の水準の機体を開発できたと評価しております。しかし、プロジェクト開始から時間が経過し、一部の機能・装備品で最新の技術と比べまして競争力が低下していると。コロナによる市場の混乱がありました」(三菱重工業 泉澤清次 社長)

 反省点として、航空機の型式が安全性などの基準に適合することを証明する「型式証明」を取得できなかったことを挙げました。

 「高度化した民間航空機への型式証明プロセスへの理解が不足していたことは否めません」(三菱重工業 泉澤清次 社長)

 今後については「スペースジェットの開発経験者は防衛分野にも再配置して、次期戦闘機の開発に活用してまいります。愛知県の施設設備は、今後広く活用できるような拠点になるよう関係者と話をしていきたいと考えています」ということです。

国産初のジェット旅客機として期待されるなか、2010年に製造開始

 2008年、国産ジェット旅客機の本格的な開発に着手した三菱重工業。

 「三菱リージョナルジェット」、通称MRJは70人乗りと90人乗りで最新のエンジンを導入し燃費の良さなどが売りとされました。

 国産初のジェット旅客機として期待されるなか、2010年に製造を開始。

 東海地方を中心に部品の製造や組み立てを行うとして、ものづくり産業のさらなる活性化に繋がるともされていました。

機体の開発に難航、計画の延期や見直す状況が続く

 2012年ごろには、すでに全日空やアメリカの航空会社からの受注もあり、2013年には初号機を納入する予定でしたが、実機がない中でのセールスの難しさも。

 「早く飛ばしたいというのが偽らざる心境。今年中には飛ばしたいと一生懸命頑張っています」(三菱航空機 川井昭陽社長 2013年当時)

 航空機の見本市に参加し世界に向けてPRする一方、機体の開発に難航、計画の延期や見直す状況が続きました。

2020年「スペースジェット」と改名も事実上の開発の凍結に

 「スペースジェット」と名を新たにし、2020年はじめには最終試験機が完成。

 飛行試験など行う姿に、航空機ファンも見守ってきました。

 しかし、6度の納入延期に加え、新型コロナによる航空需要の低迷を受け2020年、スペースジェットの量産を先送りし、事実上の開発の凍結に。

「立ち止まるという判断をしたことは大変申し分けないと思っています」(三菱重工業 泉沢 清次 社長 東京でのウェブ会見)
 
 2022年春には、アメリカの飛行試験の拠点を閉鎖するなど態勢縮小が続いていました。

愛知大村知事「大変遺憾、大きな影響を受ける中小企業にきめ細かな支援を」

 開発中止の決定を受け、7日午後1時半過ぎ、愛知県の大村知事が急きょ、記者会見を開きました。

 「大変残念であります。今回の開発中止の結果、プロジェクトを長年にわたり支えてこられました国・自治体・購入を表明していたエアライン各社及び量産に向けて体制を整えていたサプライヤーをはじめ、多くの関係者に多大な影響を及ぼしたことについては大変遺憾に思います」(愛知県 大村秀章 知事)

 県は、これまでにも県営名古屋空港に駐機場を整備するなどスペースジェットの開発を側面から支援してきました。

 「愛知県としても大きな影響を受ける中小企業さんについては、引き続き様々な助成や融資といったきめ細かな支援を行っていきたいと思います」(愛知県 大村秀章 知事)

 裾野が広いといわれる航空機産業では、部品メーカーなどへの影響も懸念されるため、県は今後、支援を検討していくということです。

 『初の国産小型ジェット』として期待されたスペースジェット、開発中止の決定に航空ファンも「非常に残念」「日本製の飛行機がお客様を乗せて飛ぶという期待はしていた」などと話しました。

工場周辺の飲食店にも影響が…「宴会がぱったり」

 三菱航空機の工場の近くにある洋食店では、以前は宴会の利用も多かったといいます。

 「大人数の席があるので、30~40人で宴会をしてもらっていましたが、それがぱったりなくなりました」(キッチンくま 熊沢英明さん)

 店によりますと、宴会の2割ほどは三菱航空機などの関係者だったということです。
 
 現在は、新型コロナの影響も重なり、宴会はほとんどなくなりました。

 「再開されるものと期待はしていたけど、ちょっとショックはショックですね」(キッチンくま 熊沢英明さん)

 (2月7日 15:40~放送メ~テレ『アップ!』より)

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